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前橋地方裁判所高崎支部 昭和34年(わ)54号 判決 1959年6月10日

被告人 伊達勝代こと多田勝暁

昭三・九・二〇生 無職

主文

被告人を懲役三年に処する。

押収の証拠物のうち「辞令」と題する書面二通(昭和三十四年領第三十三号の八)および「栄典状」と題する書面一通(同領号の九)および「東京地方検察庁昭和三十三年度刑事々件起訴件数控」と題する書面一通(同領号の十一)はいずれもこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地において小学校を終えた後、進学等の目的にて上京したるも意の如くならず、昭和二十五年頃より東京都内等において店員、ブローカー等として転々する内、従前より交渉ありたる同郷の本間タエ(昭和二年五月十六日生)なる女性と内縁関係を結びその後同女が被告人との間に長女史恵を出産することとなり昭和二十八年七月右タエと正式の婚姻届出をなし東京都内其の他において夫婦として生活し翌二十九年八月には長男威美をももうけたのであるが、被告人は依然として定収ある堅実なる生活をなさず右タエはために家計の維持等に窮迫し同三十年三月頃より子供をつれて縁故を辿り新瀉市学校町二番町に帰郷し被告人とは別居し同市内において糊口の資を得、被告人は京浜界隈を転々する内、同年五月頃よりは神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎居住の面田文吉方に同居し同人の娘にして寡婦たる坂根克子ともその頃より情を通じ一時同女と同棲生活をなしをりたるも同女等とも折合悪くなり金銭にも窮したところから、同郷人にして、かねてその氏名、噂話等を聞知していた古藤数男を欺罔し金員を騙取せんことを企て、

第一、昭和三十一年九月五日頃、横浜市戸塚区吉田町百六十二番地古藤数男方に赴むき、同人に対し、「自分は平塚の方に結核患者の汚物を消毒する器械を作る工場を持つてをり、新潟県の十日町病院から八十八万円で消毒器の発注を受け、内半金は既に受領し、あと半金は右消毒器の納入と同時に受領することになつているが完成するまでになお若干の費用と運賃等が入用だから七万五千円を貸してくれ金は十月二日迄に必ず返すから」との趣旨の虚構の事実を言葉巧みに同人等に申向け、何等確実な返金の見込もないのに拘らず、右古藤をして、右の如き言葉を真実なるものと誤言せしめてこれを欺罔し、

(一)  右同日、横浜市西区高島通り二丁目二十七番地国鉄横浜駅表正面入口附近において同人から現金五千円の交付を受け、

(二)  同日東京都中央区日本橋本町四丁目四番地有限会社古藤数商店々内において同店事務員高崎チサ子を介し、前記古藤から現金三万円を交付せしめ、

(三)  同月七日前記(一)の古藤の自宅において、同人の妻シモを介し前記古藤より現金四万円を交付せしめ、

もつて借用名下に右金員を騙取し、

第二、同年同月二十一日頃前記古藤方において同人に対し「実は国鉄からも消毒器入札の話があつたので行つて知つている人から相手の入札値段を聞いて見たら最低百十万円と言うから一、二万円安くすれば落札出来る、ついては一割の保証金がいるがあと六万円足りないから貸してくれ前の金と一緒に返すから」との趣旨の虚構の事実を申向けてその旨同人を誤信せしめてこれを欺罔し、同日前記古藤数商店々内において前記高崎チサ子を介し右古藤より現金六万円を借用名下に交付せしめてこれを騙取し、

第三、更に被告人は前記の如く既に戸籍上も事実上も妻子あるに拘らず独身者であるかの如く装おい東京都千代田区飯田町一丁目一番地株式会社日刊工業新聞社発行の「日本婦人新聞」に掲載せられる求婚広告を利用し、結婚申込にかこつけ未婚の婦女等に対し、相当な学歴等を有する有望なる事業家等であるかの如く触れ込みこれらの婦女を欺罔して金員等を詐取せんことを企図し、昭和三十二年十一月二十五日頃日本婦人新聞紙「声の交換室」欄に「結婚を求む、当方大学卒、事業に精通、愛情ある女性を求む」等の趣旨の虚構の事実を掲載せしめ、その頃右記事によつてこれを真実の求婚と誤信し交際を求め来りたる藤岡市藤岡八百四十三番地伊藤勝(昭和二年五月二十九日生)より照会ありたるを奇貨としこれに宛てたる文通をなし更に面接して独身なる故、必らず結婚すべき旨申欺きたる上、

(一)  昭和三十三年三月八日頃同女を東京都内に呼出して「実は研究している吸肺器の試作に必要な材料の鉄板を手に入れるのに二十万円入用なのだがその半分の十万円だけ都合してくれ、之が完成の暁は四百万円位の利益があるので、結婚しよう」等と虚構の事実を申向け同女をしてその旨誤信させ因て同月十四日頃現金十万円を貸借名下に前記茅ヶ崎市内の面田文吉方自己宛に送付させて之を騙取し、

(二)  同月二十日頃群馬県多野郡新町国鉄新町駅前丸竹旅館に呼んで同女およびその父親伊藤茂蔵、同母伊藤照江の三名に対し「先日都合して頂いたがどうしてもあと十万円不足なので貸して頂けないでせうか等」と申向け同人等をして真実被告人が吸肺器を試作して居り之を完成の上結婚してくれるものと誤信させ因てその場において現金七万円を貸借名下に交付させて之を騙取し、

(三)  同年八月十日頃右伊藤勝に対し前同様「吸肺器の試作で金に困つているから金を都合して貰いたい」旨の手紙を郵送し前同様同女を誤信せしめ、同月十四日頃現金七千円を貸借名下に被告人の当時寄宿していた新潟市関屋下川原町二丁目一番地大橋貞夫方自己宛に送付させて之を騙取し、

(四)  同年九月三十日頃前記伊藤勝方において同女の母伊藤照江に対し「吸肺器を群馬大学に納入するのに一万五千円位掛かるのだが直ぐ返すから何とか都合して貰いたい」虚構の事実を申向け同女をしてその旨誤信させてこれを欺罔し、よつて、その場において同女から現金一万円を寸借名下に交付させて之を騙取し、

第四、高崎市赤坂町九十八番地瀬川恵美子(昭和三年三月一日生)が前記「日本婦人新聞」の求婚広告によつて交際を求めて来たのを奇貨とし前記第三冒頭記載と同様の方法によつて右恵美子と結婚する旨申欺き、

(一)  同年十月十四日頃右瀬川恵美子方に赴き同女および同女の母親に対し「吸肺器の試作研究をしているのだが、資金等が足りないのだが十万円貸して下さい、三十日迄には間違なくお返しするから」等と虚構の事実を申向けてその旨同女等を誤信せしめ、右両女を欺罔し、よつてその頃右瀬川方において恵美子より現金五万円を寸借名下に交付せしめてこれを騙取し、

(二)  昭和三十四年三月二日頃右瀬川方において同女に対し「北海道バターの小林社長さんとパテントを契約したので北海道え行く、旅費と費用で七千円ぎりぎり掛かるのだが貸して貰いたい」旨虚構の事実を申向け同女をしてその旨誤信させてこれを欺罔し、よつてその場において同女より現金七千円を貸借名下に交付させて之を騙取し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示各詐欺の所為はそれぞれ刑法第二百四十六条第一項に該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、同但書第十条によつて犯情重き判示第三の(一)の詐欺の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲で被告人を懲役三年に処する。押収の証拠物中、主文第二項掲記の各「辞令」乃至「栄典状」(同領号の八および同九)ならびに「東京地方検察庁昭和三十三年度刑事々件起訴件数控」(同領号の十一)と題する各書状は被告人が本件判示第四の(二)の犯行の用に供せんとしたものであつて被告人以外の者の所有に属しないから同法第十九条第一項第二号、第二項によつていずれもこれを没収する。

訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によつて被告人にその支払能力がないことが明瞭であるから全部これを負担させない。

(情状)

本件各証拠を仔細に検討するに、被告人は判示の如く妻子あるに拘らず新聞紙上に求婚広告を掲載し、結婚申込をなし来りたる未婚の女性に対し、虚構の学歴、地位等を吹聴し、結婚を好餌となして、良家の子女の貞操を蹂躪し、更に甘言を弄して多額の金員を騙取しておりしかも右の手段たるや当初から計画的であり、あまつさえ、知名人士と親交ありと見せかけ更には検察官を詐称する等被害者を恫喝せんとしたる形跡も伺がわれる。

以上によつて主文の如く判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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